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VOL.4「超驚愕すべき日本の謎・世界の謎」


 世界各地に、現代科学では解明できない驚異的な謎が数多くある。日本の謎・世界の謎シリーズは解明不可能な不思議な伝承や驚愕すべき新説を紹介していく。謎にはロマンとミステリーがある。ヘタな推理小説やアドベンチャーゲームよりもゾクゾクして面白いのだ。窓辺から見あげる星空の向こうに、アドベンチャーワールドの世界が広がる・・・

<東北>
● NASAの宇宙服のモデルとなった?!
 1940年代後半、青森県亀ヶ岡で奇妙な土偶が発見された。その土偶はあまりにも不思議なために、考古学者たちを混乱させた。従来の土偶の常識を破る特徴を持っていたからである。大きな目の特徴から、光を遮る意味で、「遮光器土偶」と名付けられた。この亀ヶ岡の一帯は縄文時代の遺跡として知られているが、こんな土偶が見つかったのは初めてだ。学者が驚くのも無理はなかった。まず、頭にはアンテナ状のフードか、ヘルメットらしき突起物があり、顔には巨大なメガネ状のものがある。考古学者はこの土偶の謎を解明することに頭を抱えた。いくら考えても古代人が作った理由がわからないのだ。そこで出た結論は、作物の豊作を祈願するものか、病気治癒を願うものと発表した。しかし、ソ連のSF作家アンドレ・カザンチェフは、驚くべき仮説を発表した。
『この土偶の着衣はソ連の宇宙服と完璧なまでにぴたりと一致する。当時、ソ連の宇宙技術は最先端で、宇宙服とあまりにもそっくりだ』というわけだ。この土偶は宇宙服をモデルに古代人が作ったとしか考えられないという説だった。この宇宙服モデル説は非常に大胆で、しかも説得力があった。例えば、宇宙服として見ていくとすべてが説明できる。着衣全体が部厚い機密性のあるものでしっかりとガードされ、胸にはプロテクターがあり、心臓をしっかりと保護している。大きな丸い目に見えるのは、地球上の紫外線を遮断するゴーグルと説明すればわかりやすい。左右の中央に割れ目があり、開閉できる仕組みになっている。生命維持装置の調整ダイヤルやコード、口の周辺には呼吸フィルターもある。さらに、頭部と胴体はリベットのようなモノで連結され、ほかに、手には厚手の手袋まであり、体の着衣と連結されている。このカザンチェフレポートに世界中に大反響を巻き起こした。
早速、アメリカのUFO研究家カート・V・サイジングが日本に飛んできた。この土偶をあらゆる角度から撮影し、徹底的に分析した。それがサイジングレポートと呼ばれるものだ。レポートはNASAに提出され、NASAからサイジングに返書が届いた。「この土偶が身につけている着衣の条件は、現在開発をしているアルミ製宇宙服とまったく同じものだ。特に、基本的なアイデアやコンセプト、デザインは現在の宇宙服となんら変らない」  
NASAはこの土偶にヒントを得て、宇宙服をモデルしたといわれている。考えればこの土偶は謎に満ちている。どうして3000年前の縄文時代にこんな着衣が必要であったのか。そのためにいろんな説がある。この土偶は宇宙服でもなんでもなく、大きな目は雪の反射光を遮る北方民族の道具(サングラス)にすぎない(サングラス説)。また、遮光器を現したのではなく、この時代に流行した目の表現方法にすぎない。アフリカのアシャンティ族は木彫りの人形などにこのような表現を行う(流行説)。しかしこの土偶の本当の目的は謎のままだ。わかっていることは縄文時代には考えられない驚異的なテクノロジーで作られている点だ。推定温度90度の温度で連続40時間以上焼かれており、中空形成仕上げになっている。つまり、中身は空っぽなのだ。さらに、驚くことはカーボン繊維を混ぜ、炭素皮膜処理を施している。そのために、通常の土器に比べて数倍の強度を持つ。相次いで発見された遮光器土偶は3000年前のほぼ完全な形で出土されているのはそのためである

● ロシア・ナホトカに眠る源義経の笹りんどうの紋章

  ロシア・ナホトカに400年以上も前に立てられた古い建物が保存されている。驚くことに、この建物に笹りんどうの紋章があるのだ。土地に住む古老や町の人たちはこの紋章の意味を知らない。笹りんどうの紋章は日本とイギリスにしか存在しない珍しいものだからである。日本では鎌倉幕府を開いた源家の紋章は笹りんどうとして有名だ。そして、ウラジオストックの近くを流れる黒竜江のほとりにあるニコラエフスク市には、昔、義経公園と呼ばれる公園があったという。公園内に年月の経った亀石があり「義経の碑」と呼ばれていた。現在はハバルフスク博物館に保管されているというのだ。

さて、ロシアのナホトカにどうして源家ゆかりの笹りんどうがあるのか?この地は昔、ジンギスカンが平定した国土で、義経が東北の平泉から落ち延びて、ロシアに渡りジンギスカンになったという伝説がある。義経=ジンギス・カン説が事実なら笹りんどうの紋章があってもおかしくない。実際に東北には義経伝説を思わせる不思議な地名や旧跡が数多く存在する。例えば宮古は都、黒森山は九郎森山、東北には判官館、法冠神社、判官宿、弁慶腰掛け岩など多数ある。


そして、ジンギス・カンの元は源(ゲン)、ジンギス・カンが即位する時に九流の白旗を立て、九という数字を大切にしたという。白旗は源氏の旗印である。満州ではジンギスカンをクロウと呼ぶ。さらに、盛岡市名須川町に名刹・報恩寺(1346年創建)にはマルコ・ポーロと元の帝王フビライ・カーン(1215〜1291:ジンギスカン・カンの孫)の像があり、全体が金粉で塗られている(写真E〜F)。しかし、どうしてこの寺にジンギス・カンとフビライを祭っているのか、謎は深まるばかりだ。


<石川県>
● 衝撃的なモーゼの十戒

 石川県押水町の宝達山のふもとに、モーゼが来ていたという伝説が残っている。モーゼは古代ヘブライ王国の指導者で、映画「十戒」で有名な紀元前13世紀の人物だ。ユダヤ人はイスラエルを中心にヨーロッパや中近東に住んでいたが、エジプトではパロ王がユダヤ人を迫害していた。モーゼもエジプトで育ち、青年時代を過ごしたが、あまりにユダヤ人の暗黒時代が続くために、数十万人のユダヤ人を引率し、イスラエルの地を目指す。絶対君主であった暴君パロ王から逃れる逃亡の旅でもあった。ユダヤ人たちは水と食料に困り、飢えから病人や死者が相次いだ。ユダヤ人の反乱も多発してこの旅は困難を極めた。そして、一行が紅海にたどり着いた時には船もなく、後ろからは追撃と絶体絶命のピンチに陥る。この時に旧約聖書で有名な紅海の水わけを行い、脱出に成功する。ユダヤ人がイスラエルにたどり着いた時は、40年も歳月が経っていたという。その後、モーゼはシナイ山に登り、神より「十戒」を授かる。こうした伝説の英雄・モーゼは十戒石と共に、宝達山の頂上にある三つの塚に眠るというのだ。三つの塚は高さ10m程の山のような古墳が三つ並んでおり、全体が樹木に覆われている。この古墳のどこかに世界を制するといわれる十戒石があるのだろうか?世界の秘密結社・フリ―メーソンは創立時から必死になって十戒石を探しているという。
 そして1945年、第2次世界大戦の終戦直後、衝撃的な報告が米軍のGHQ本部に入った。なんとGHQの直属部隊が密かにモーゼの墓を調査したところ、謎の巨人骨と一緒に、異国風の兜や奇妙な形の貴金属を発見したというのだ。これがモーゼのものか、どうかは不明であったが徹底的に隠蔽され、正式な発表はなかった。部隊が山中に入り、モーゼやその一族の墓と伝えられる三つの塚を調査し、モーゼの墓近くの石灰山を掘っていたところ、膝からくるぶしまで約90cmもある人骨を発見したらしい。巨人骨以外に石灰山から古代に使われていた壷も発見されたという。高さ、33cm、直径23cmもある精巧な土器で、高貴な人物が使っていたらしい。